@article{oai:kunion.repo.nii.ac.jp:00000508, author = {加藤, 一郎 and Kato, Ichiro}, journal = {音楽研究 : 大学院研究年報}, month = {Mar}, note = {ショパンがポーランド時代(彼が生まれた1810年3月1日から彼がパリに到着する1831年10月初旬まで)からオペラを深く愛していたことは一般に広く知られており、これまでの多くの研究は彼の音楽がオペラから大きな影響を受けていたことを指摘している。しかし、それらはショパンがどのような過程を経てオペラを受容していたかについて極めて不充分にしか取り扱っていない。そこで、本研究ではショパンがポーランド時代に行ったオペラの受容過程について様々な資料を基に実証的に考察した。本研究では先ず、第1章で当時のワルシャワにおけるオペラの上演活動ついてAlfred Loewenberg.1955. Annals of Opera 1597-1940: Compiled from the original souces, with an introduction by Edward J. Dent.等を基に検討し、第2章で当時のショパンのオペラ体験及びオペラに関連する証言をZofia Helman(oprac.), Zbigniew Skowron(oprac.),Hanna Wroblewska-Straus(oprac.).2009. Korespondencja Fryderyka Chopina. Tom I, 1816-1831.を基に検討した。そして、それらを基に第3章でショパンのオペラ受容の実態について検討し、ショパンによるオペラの受容過程について考察した。ショパンのオペラ体験は彼が10歳になる前から始まり、それはオペラの上演の聴取、演奏会や夜会等におけるオペラのアリア等の聴取、ピアノによるオペラのアリアの伴奏、オペラに基づく即興演奏、オペラの引用に基づく創作活動等によって行われていた。当時のワルシャワではイタリア、フランス、ドイツのオペラが上演されており、ショパンはその中でロッシーニのオペラに傾倒していた。ショパンはそうしたオペラを自身のオペラ体験の基礎としながらも、外国旅行をした際には可能な限りオペラを観、音楽的視野を広げて行った。しかし、彼の書簡にはオペラの作品論は殆ど記されておらず、彼が興味を持ったことは専ら歌手の歌唱内容についてであった。ショパンの書簡にはワルシャワにおける複数の歌手の歌唱内容の違い、外国で観たオペラとワルシャワで観たオペラとの違い、歌手とオペラの配役との関係、同じオペラのより以前の上演との違いを比較するようにしてオペラを観るようになったことが示されており、これはショパンのオペラ受容の豊かな集積を物語るものである。こうしたオペラの観方によって歌唱に対する彼の考え方は深まり、グワトコフスカの歌唱に対する「舞台上に横溢する上質な情感」やゾンタークの歌唱に対する「えも言われぬ精妙さ」といった言葉は、彼自身の音楽の本質にも迫るものと言える。ショパンはそうした歌手が用いたフレージング、グルペットの表現方法、ポルタメントやストラッシーノ、チェルカル・ラ・ノータ、イタリアン・ディミニューション等をピアノに応用しており、それらはしばしばオペラの表現様式のピアノ技法への高度な様式化を示していた。本研究で得られた示唆が、今後のショパン演奏や音楽研究に活かされることを心から祈る次第である。, 1, KJ00010210819, 論文}, pages = {1--16}, title = {ショパンによるオペラの受容過程に関する実証的研究 : ポーランド時代}, volume = {28}, year = {2016}, yomi = {カトウ, イチロウ} }