@article{oai:kunion.repo.nii.ac.jp:00002403, author = {高徳, 眞理 and Takatoku, Mari}, journal = {音楽研究 : 大学院研究年報, Ongaku Kenkyu : Journal of Graduate School, Kunitachi College of Music}, month = {Mar}, note = {《雅やかな宴》第2集は、〈初々しい人たち〉〈半獣神〉〈感傷的な対話〉の3曲から構成され、ドビュッシーが20年以上取り組んだポール・ヴェルレーヌの詩集『雅やかな宴』への歌曲創作の最後を飾るチクルスである。 本研究は、クロード・ドビュッシーの歌曲集《雅やかな宴》第2集(1904年作曲、出版)の音楽語法を分析し、歌曲集のチクルス性を考察することを目的とする。尚、紙面の都合上、本研究を「前編」「後編」に分け、「前編」では〈初々しい人たち〉と〈半獣神〉の楽曲分析を行った。本稿「後編」では、テーマと深く関わる〈感傷的な対話〉の楽曲分析と全体的なチクルスの音楽的関連を扱う。 「前篇」で述べた通り、ヴェルレーヌの詩集『雅やかな宴』は18世紀貴族たちの歌や踊り、恋の駆け引きや秘め事を楽しむ享楽的な宴を題材にしており、テーマは男女の「不毛の愛」である。22の詩は一つの大きなストーリーを構成し、最後の詩「感傷的な対話」では幽霊となった恋人たちが「死して尚、分かり合えない」という悲しい結末を迎える。詩集のテーマを深く理解したドビュッシーは、詩集と同様に最後の詩「感傷的な対話」を第3曲に置き、他に2つの詩を選び、詩集のストーリーを反映させた並びでチクルスをまとめた。このようなチクルス構成は《雅やかな宴》第1集には見られず、第2集で初めて意識されたものである。 Louis Laloyが「この歌曲集からドビュッシーの音楽語法は変化した」と指摘する通り、歌曲集におけるドビュッシーの音楽語法の変化は顕著である。《雅やかな宴》第2集において、ドビュッシーの「一つひとつの音」へのこだわりは非常に強くなり、それまでの豊かな和音は姿を消し、2つ、ないしは3つのシンプルな音程間の響きが中心となる。「前編」で扱った第1曲〈初々しい人たち〉では、核となる「長3度」を重ねて使うことで本来の響きを変容させ「不安」「よどみ」を表現しようとしたと考えられ、第2曲〈半獣神〉は増5度、増三和音の響きが主体であった。本稿で分析した第3曲〈感傷的な対話〉の核となる音程は増4度であり、長3度→増5度、増三和音→増4度と、チクルスが進むにつれて協和音から不協和音へと進んでいることが分かる。これはチクルスの「愛の始まり」→「愛の終焉」というストーリー性を反映していると言える。また、長3度、増5度、増4度は全て全音音階に含まれる音程であり、全ての楽曲が全音音階と深く関わっている。全音音階は重要な語句を際立たせるための限定的な使用ではなく、楽曲を構成する枠組み、基盤として使われている。増4度といった強烈な不協和音や不思議、不吉を表すとされる全音音階の使用は、チクルスのテーマである「不毛の愛」の表現への模索と考えられる。 音楽的な繋がりは他にも確認できる。3曲ともテクスチュアは薄くなり、全体的に線的な要素が強まり、旋律線に重きが置かれている。楽曲の冒頭はそれぞれ重要なモチーフが線を描くようなピアノの単音(ユニ)で始まり、線は全て下行形で、チクルスの進行と共にその下行の度合い(悲劇性)は大きくなる。第1曲、第2曲の淡々としたリズムの規則性と、第3曲の冒頭の3連符モチーフのリズムの「狂い」は対照的であり、これは主人公たちの居場所が「この世」から「あの世」へ移ったことの徴、あるいは幽霊である二人の足取りと見ることもできる。このようにドビュッシーはチクルスの3曲に音楽的な連関を持たせ、詩のテーマ、ストーリーを反映した音楽語法を用いていると言える。また第1集の〈ひそやかに第2稿〉で使用したナイチンゲールのモチーフとその開始音gisを〈感傷的な対話〉の楽曲の中間部のペダル音に取り入れており、これら全てに鑑みると、第2集は第1集の音楽要素をも取り入れたヴェルレーヌの詩集『雅やかな宴』へのドビュッシーの完結作品であると考える。}, pages = {89--104}, title = {クロード・ドビュッシー《雅やかな宴》第2集におけるチクルス性(後編) : 第3曲〈感傷的な対話〉の分析と歌曲集全体の音楽的な繋がりについて}, volume = {33}, year = {2021}, yomi = {タカトク, マリ} }