@article{oai:kunion.repo.nii.ac.jp:00001981, author = {横井, 雅子 and Yokoi, Masako}, journal = {音楽研究 : 大学院研究年報, Ongaku Kenkyu}, month = {Mar}, note = {本稿は、ハンガリーの音楽史において長らく影響力を保ってきたジプシー楽団が、マイノリティとしては忌避されがちな存在でありながら、楽師としてハンガリー人の心にどのように入り込んでいったのか、という疑問を解くために現在、継続している作業の有用性を説明するものである。 筆者はこれまでに、19世紀から20世紀前半にかけての伝統音楽研究を検証することにより、ジプシー楽団のような大衆音楽とフォークロアの音楽がいつ頃から別種のものと認識されるようになったかを跡付けた。さらに、ジプシー楽団についての最初期の記録のある18世紀末から20世紀前半までの複数の逐次刊行物の記事を検討して、主たる受容者である19世紀の都市在住者による評価や意識を探ろうとした。これら調査を通して、ロマの演奏家がこの国で活動の範囲を広げた背景として、都市部の文芸を取り巻く状況と、それと音楽との結びつきがあったことが確認でき、"ハンガリーらしさ""国民的な表現"の代弁者、高まる都市の娯楽音楽に対する需要を実現する存在となっていったことが理解できた。一方で、文字資料からは庶民の心の襞に寄り添う存在としての楽師像は浮かび上がらないという問題が残った。 そのための有効な手段として、ロマを取り巻く人々の精神世界を知ることによってのみ可能なのではないかと仮定したが、それを解くための二つの可能性のうちの一つは、彼らの音楽そのもの、すなわち楽曲のみならず、用いられてきた楽器とその音響・技法の特性、固有の表現方法を分析することである。もう一つの可能性として、非ロマたちによって描かれてきた絵画や版画などの図像を通して、彼らにどのようなイメージが付与されてきたのかを読み解くことを提案する。「楽師像」のまさしく「像=イメージ」を検証していくことで、彼らがどう見なされ、どんな役割を期待されていたのか、といった点が浮かび上がり、逆に彼らのどのような面が「見られないように」なっていたのかを知る手がかりも提供すると考えた。 本稿では最近のロマ音楽にまつわる企画展などの動向にも注視しつつ、「像=イメージ」を追求するための準備段階として、先行研究を検討し、使用する資料の有用性と、関連資料を整理した。}, pages = {101--106}, title = {「ハンガリー風」に取り込まれる楽師像を読み解く : 予備的考察}, volume = {30}, year = {2018}, yomi = {ヨコイ, マサコ} }