@article{oai:kunion.repo.nii.ac.jp:00001978, author = {鈴木, 麻菜美 and Suzuki, Manami}, journal = {音楽研究 : 大学院研究年報, Ongaku Kenkyu}, month = {Mar}, note = {本論文は「移民」及び「マイノリティ」の音楽的研究の一例としてウィーンのアレヴィーの音楽及び舞踊を取り上げ、彼らを取り巻く社会的環境と音楽や舞踊などの文化的活動への影響を明らかにすることを目的としている。 アレヴィーとはトルコにおける宗教的グループの一つであり、同国における宗教的マイノリティでもある。その多くはトルコ東部および南東部に居住しているが、1960年代以降ガストアルバイターとしてオーストリアをはじめとするヨーロッパ諸国へその一部が他のトルコ系移民と共に移住しており、現在オーストリアには約80,000人のアレヴィーがいるとされている。トルコ系移民がマイノリティとみなされるオーストリアにおいて、アレヴィーはマイノリティにおけるマイノリティといえ、移民やマイノリティの音楽的研究の対象として注目すべきと言える。 論文中では次の点に注目して問題提起とし、ディアスポラの影響下におけるアレヴィーの文化的活動やその内容の変化を観察した。 1)ウィーンにおけるセマー:場に注目して「ジェムにおけるセマー-宗教的な場」「セマーを学ぶ-非宗教的な場」「次世代へのセマーの継承-教育的な場」 2)トルコ系移民のコミュニティにおけるアレヴィー音楽家の役割「サズ教室」「アレヴィー・コミュニティにおける音楽の場-カフェ、結婚式」 調査方法としては、オーストリアの首都ウィーンで行ったフィールドワークを中心とした。これにウルスラ・へメテク、ハンデ・サウラン、米山知子らによる先行研究をはじめ、文献資料、視聴覚資料等の情報を補足することでより確実な研究を目指した。 セマーはアレヴィーによってトルコからオーストリアヘ運び込まれ、そのディアスポラ・コミュニティの中で、現地のコミュニティに応じた規模の縮小や異なる社会的環境によって、いくつかの面に変化が表れた。アレヴィーは外国に順応しかつオーストリアにおいて彼ら自身の宗教的及び文化的アイデンティティを保持するためにセマーの新しい形態や場を創出していた。加えて、歴史的に形成された多民族国家であるオーストリアでは、それぞれの宗教のために教育システムが提供されており、アレヴィー協会の一部はこの教育システムを利用し、オーストリアで生まれ育ったアレヴィー第2世代・第3世代への宗教的伝統の継承を試みている様子が見られた。 また宗教的な場を離れたところでもアレヴィー音楽家の役割は大きく、音楽的な場でアレヴィーの活躍が目立つのは、本国トルコで連綿と行われてきた吟遊詩人、演奏家、音楽教師としてのアレヴィーの活動とそれに伴う周囲からの音楽家としてのアレヴィーのイメージが、オーストリアに持ち込まれていることが一因であると考えた。}, pages = {53--68}, title = {オーストリアのアレヴィー・ディアスポラ・コミュニティにおける宗教舞踊と音楽の継承 : 芸能の場と音楽家としての役割に注目して}, volume = {30}, year = {2018}, yomi = {スズキ, マナミ} }